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2023年1月31日付けの改正で、これまで任意であった人的資本の情報開示は、事業年度が2023年3月31日以後に終了するすべての上場企業で開示義務が発生します。まだ、人的資本の情報開示のための準備に取りかかれていない事業者も多いのではないでしょうか?
情報開示には「サーベイによる課題の可視化」や「経営戦略に基づいた人材戦略の策定」などの準備が必要なので、早めの対応が求められます。
「何から取り組んだら良いかわからない」「せっかく取り組むからには自社の競争力向上に繋げたい」と考える方は、先進的な人的資本経営に取り組む企業を参考にするのがおすすめです。
本記事では、経済産業省や金融庁に参考にすべき例として取り上げられている企業を中心に、先進的な人的資本経営に取り組む企業5選をご紹介します。
人的資本経営とは
そもそも、人的資本経営とは何か軽く触れておきましょう。
経済産業省も示しているように、人的資本経営とは「人」に焦点を当てた、企業価値向上のための経営の手法です。
“人的資本経営とは、人材を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営のあり方です。”
引用:経済産業省
アメリカなどの持続的な経済成長をする国では、先進的に人的資本経営が取り組まれている様子も伺えます。義務化の背景には政府が日本企業にグローバルで競争できる企業に成長して欲しいという思いがあります。
人的資本経営に取り組むことで下記のようなメリットがあります。
・経営戦略を円滑に進められる
・組織力の向上により、持続的な企業成長が見込める
・投資家などステークホルダーに成長可能性を示せる
どれも企業価値を高める効果があるため、開示義務のためだけに取り組むのはもったいなく、積極的に開示できる取り組みを積み重ねたいものです。
人的資本経営とは何かもっと具体的に知りたい方は、経済産業省が公表している「人材版伊藤レポート」を読むのがおすすめです。ただし、人材版伊藤レポートは130ページ近くあります。すべてを読む時間がない方は、内容を要約しているこちらの記事をご参照下さい。
「人材版伊藤レポートとは?経営に直結する人材戦略を徹底解説!」
開示義務の現状
人的資本を含む企業情報開示義務の改正について、詳しく解説します。
【改正前の開示義務】
上場企業(プライム・スタンダード市場のみ)は統合報告書で人的資本に関する情報の任意記載が求められる
【改正後の開示義務】
グロース市場を含む、すべての上場企業は有価証券報告書で人的資本に関する情報の開示義務が発生する
人的資本に関する情報とは、具体的に下記3点を指します。
・人材育成の方針や社内環境整備の方針
・測定可能な目標と達成のための戦略
・「女性管理職比率」「男性の育児休業取得率」及び「男女間賃金格差」の指標
※企業規模が女性活躍推進法に該当する場合
人的資本の情報開示義務は2023年3月31日以降に事業年度が終了する上場企業に発生するので、現時点では各企業によって開示レベルに差があります。ただし、先進的に人的資本経営に取り組む企業では上記の義務化された情報開示がすでに行われています。
開示義務への対応を検討している事業者は、これから紹介する事例を参考にしましょう。
先進的な人的資本経営を行う企業5選
上場企業の一部ではすでに「統合報告書」「CSRレポート」「ディスクロージャー誌」「ウェブサイト」などで人的資本の情報開示を行っています。
特に、経済産業省が公表している「人材版伊藤レポート2.0実践事例集」や金融庁が公表している「記述情報の開示の好事例集2022」では、先進的な人的資本経営の事例を見ることができます。その中でもRECOMOがおすすめする5社の事例をご紹介します。
事例:旭化成株式会社
旭化成は「経営戦略と人材戦略の連動」において参考になる事例です。経営戦略と人材戦略の連動は人材版伊藤レポートにて、人的資本経営の重要な要素として示されました。
旭化成では、化学製品製造業からマテリアル、住宅、ヘルスケア領域の製造・販売業への事業の多角化という経営戦略があり、経営戦略実現のための人材戦略が上手く連動しています。
【人的資本経営のポイント】
・経営戦略と連動した人材ポートフォリオの作成
・多様な人材充足方法の取り入れ
人材ポートフォリオとは、企業内の人的資源の構成内容のことです。各従業員がどのような経験やスキルをもっているか適切に把握し、経営戦略実現のためのギャップを埋める計画を作成します。旭化成では、事業軸と機能軸の両面から、毎年一回全社的に人材ポートフォリオを洗い出しています。
人材の充足方法もM&Aや新卒、キャリア採用、社内人材の育成などを上手く組み合わせて計画的な取り組みがされています。特に、リスキル(リスキリング)に力を入れており、DX人材をレベル1~レベル5まで定義し、レベルが上がると役割の明確化や処遇の向上が行われます。上手く社内人材の育成を組み合わせることで採用のみに頼らない人材戦略が実現可能です。
このように自社の経営戦略を見つめ直し、経営戦略実現のための人材ポートフォリオを明確にすることで、採用やリスキルなどの具体的に必要な戦略が見えてきます。また、リスキルの方向性を明確にしておくことは開示義務である「人材育成の方針」にも対応します。
事例:キリンホールディングス
キリンホールディングスは「測定可能な目標と達成のための戦略」において参考になる事例です。前述の通り、開示義務も発生する重要な要素です。
キリンホールディングスでは、人的資本を含む非財務目標の開示において、非常に具体的かつ細かく目標を設定しています。また、達成のための戦略においても具体的に開示しています。
【人的資本経営のポイント】
・目標が測定可能で明確
・具体的にどのように目標を実現するかイメージできる
情報開示の例
課題:多様な価値観をもった人材が活躍できる環境づくり
目標:女性経営職比率30%、キャリア採用比率30%
現状:女性経営職比率10.24%、キャリア採用比率26.8%
具体的な取り組み:女性リーダー育成研修の実施/ダイレクトリクルーティング拡大/採用者のオンボーディング強化など
自社の組織の現状と目標を明確にすることで、ギャップを埋めるための戦略策定が可能になります。また、目標と戦略が具体的になっていることは、社外のステークホルダーからの安心材料にもなります。
事例:丸井ホールディングス
丸井ホールディングスは「人的資本情報の独自性」において参考になる事例です。経済産業省が公表した人的資本可視化指針では企業が独自に考えた指標と他の企業と比較可能な一般的な指標の両方の視点から人的資本情報の可視化に取り組むべきとしています。
【人的資本経営のポイント】
・「手挙げ」文化の醸成
・「職種変更」の推進
丸井ホールディングスでは10年以上の期間をかけて、社員一人ひとりの自主性を促す「手挙げの文化」を醸成し、企業理念に関する対話や公認プロジェクト/研修等への参加ができる環境を作っています。情報開示の面でも「手挙げ比率82%」と公表しており、従業員の自主性が高い会社であることがわかる、独自性の高い指標と言えるでしょう。
他にも、さまざまな会社や部署を経験することが「個人の中の多様性」に繋がると考え、職種変更を推進しています。すでに2022年時点で77%の従業員が職種変更を経験済みです。加えて、異動後に成長を実感した割合という指標の開示も行っており、86%の従業員が成長を実感しています。
このように、企業独自の人的資本経営の取り組みはわかりやすく自社を示すことができ、投資家からも評価されています。
事例:SOMPOホールディングス
SOMPOホールディングスは「人的資本の情報開示」において参考になる事例です。情報開示では独自性とともに、比較可能性も評価されています。SOMPOホールディングスでは、様々な視点から比較可能性の高い情報開示がされています。一方で、独自性の高い情報開示とのバランスも取れている事例です。
【人的資本経営のポイント】
・多角的な視点から情報開示をしている
・従業員へのサーベイを定期的に行っている
情報開示の例
・MYパーパス研修受講率
・従業員エンゲージメント率
・健康経営に関連する生産性指標(WLQ)
・女性役員比率
・外国籍役員比率
・サクセッションプランにおける女性候補者比率
・障がい者雇用比率
このようにSOMPOホールディングスはMYパーパス研修受講率などの独自の指標を持ちながら、女性役員比率や外国籍役員比率など他社と比較可能な指標も多く開示しています。例えば、従業員エンゲージメント率の調査などは従業員へのサーベイが必要になるためSOMOPOホールディングスでは定期的なサーベイが行われています。
開示指標が多いほど、モニタリングやサーベイのコストがかかりますが、その分社内外のステークホルダーとのコミュニケーションもスムーズになり、戦略策定にも役立ちます。
事例:アサヒグループホールディングス
アサヒホールディングスは「課題の提示」において参考になる事例です。経営者にとっては勇気のいる決断になりますが、自社の現状の課題を明確化し開示することは、自社の成長可能性を社外に示すことになります。
【人的資本経営のポイント】
・現状の組織の課題を明確に開示している
・課題克服のための戦略が練られている
アサヒホールディングスでは、エンゲージメントサーベイを行っており、戦略性や上司との関係性の分野では業界の基準と比べて高いもののイノベーションや業務効率性の部分では基準よりも低いことを開示しています。
このように課題を明確にすることでイノベーションや業務効率性の部分を改善すれば組織がより良くなることが明白となり、自然と自社で取るべき戦略も見えてきます。アサヒホールディングスの場合は、業務効率化についてワークフロープラットフォームというワークフローの導線を集約する取り組みを掲げており、今後の改善が期待できます。
自社の課題を社外に開示することはデメリットのように思われやすいですが、上手く開示を工夫することで社外のステークホルダーを巻き込んだ経営が可能になるでしょう。
人的資本経営の本質とは?
ここまで5社の人的資本経営の手法や開示例について見てきました。各社で行われている人的資本経営のポイントを以下にまとめます。
・経営戦略に基づいた人材戦略の策定
・独自性と比較可能性のバランスが取れた人的資本の指標づくり及び開示
・課題を明示することで自社の成長可能性を示す
人的資本経営の本質は「人材の価値を最大限に引き出すことで企業価値を向上させること」です。上記のポイントを取り入れて事業の成長と組織の成長が連動した強い組織を作りましょう。
人的資本経営・組織開発ならRECOMO
人的資本経営の本質や取り組むべきポイントはわかったものの、自社でいきなり取り組むのは不安な方もいるのではないでしょうか。
人的資本経営は長期的な取り組みです。指標1つを作成するにも定期的な従業員へのサーベイが必要になったり、採用やリスキルにも時間がかかります。戦略策定の部分で誤った方向に進んでしまうと大幅なロスになってしまうリスクもあります。
人的資本経営の戦略策定や組織開発に行き詰まっている方は、株式会社RECOMOの無料相談がおすすめです。
株式会社RECOMOは理念から丁寧に会社づくりをサポートする会社です。「人の可能性・価値を最大に広げる社会を創る」をミッションとして掲げ、現状の組織の分析から戦略策定、自走化まで人的資本経営の取り組みを支援します。
具体的には、以下のようなサービスを提供しています。
・経営者が取り組む本質的な課題の可視化
・ビジョン実現のための人材組織戦略策定と実行支援体制構築の支援
・責任者人材の育成/自走化支援
人的資本経営の領域は多岐に渡ります。外部のパートナーも上手く使いながら、成果に繋がる人的資本経営を目指しましょう。